1課 キリスト教信仰と聖書


1.キリスト教信仰と日本の信仰

 A.日本の信仰観の特徴
   *鰯の頭も信心から
    「鰯の頭も信心から」という諺は日本の信仰観をよく表しています。日本人にと
    って信仰の対象はどんな物でも(鰯の頭でも)良く、それを拝む“人の心情”が
    重視されています。
   *クリスマスは教会へ行き、初詣は神社へ行きます
    日本は多神教国といわれていますが、それだけではありません。多神教の国
    でも一人の人が信じるのはたいてい一つの神様です。しかし、日本人は一人の
    人が複数の信仰対象を持つことができると考えています。これは、日本の信仰
    観のもっとも大きな特徴で、専門家は多層信仰と呼んでいます。対象を問題と
    せず、人の心情が大切にしますから、対象が複数でも矛盾は起こらないので
    す。

 B.キリスト教(聖書)信仰の特徴
   *あなたはわたしのほかに、なにものをも神としてはならない。
                                 【十戒 出エジプト20:3】
   聖書は拝む人の心情よりも礼拝の対象が重要であることを示しています。つまり
   その人の心の状態ではなく、心の向かう方向を問題としているのです。このこと
   は、キリスト教の信仰観が非常にダイナミックであることを表しています。信仰を
   持つということは心の状態を高めることではなく心の向かう方向を定めて歩み始
   めることを意味するのです。

   *旧約と新約、聖書の≪約≫は契約の≪約≫
    聖書は契約関係を大切にしています。そして、信仰を持つということは神様との
    間に契約関係を結ぶことなのです。ですから、信仰を持つということは、神様と
    の人格的な関係を築くことであり、神と共に歩み始めることを意味しています。


2.キリスト教信仰と聖書

 A.人格関係と信じるということ
   *「あなたはUFOを信じますか?」
    このような問いは「あなたはその存在を信じますか?」という問いかけです。“存
    在することを認める”ということが“信じること”だと受け止められているのです。
   *「わたしはあなたを信じる」
    この時の「信じる」は存在を信じるというのではありません。これは、相手の言
    葉を信じることであり、約束を信じることを意味しています。 このように、人格
    的な関係において信じるということは、言葉と約束に対する信頼を表していま
    す。キリスト教信仰はこのような人格関係における信仰です。ですから、私たち
    が神様を信じるというのは、存在を信じるというのではなく、神の言葉、神の約
    束を信じることなのです。

 B.聖書は神の言葉
    聖書は神様から与えられた契約の書です。私たちは、この契約の書に記され
    ている神様の約束が成就すると信じています。旧約には神の民に対する祝
    福、新約には神の御国における永遠の命が約束されています。
  
  *聖書には唯一の神様がどのようなお方であるかが示されている
   聖書は神様がどのようなお方であるかを示しています。私たちは聖書を通して神
   様のことを知ることができます。ですから、世の様々な諸霊や偶像に惑わされる
   ことなく唯一の神様に心を向けるために聖書は必要です。
  *聖書は神の言葉が必ず成就することを証ししている
   聖書には歴史的な内容が記されています。これらは神様の言葉が歴史において
   成就したことの記録です。私たちはこの「証しの言葉」を通して神様が生きて働い
   ておられることを確認し、神の言葉は成就するという確信に導かれるのです。神
   様との人格的関係を築くために証しの言葉である聖書は必要です。   
  *聖書には神の価値基準が示されている
   聖書には神様が私たちに何を求めておられるかが示されています。つまり、神
   様の価値基準が示されているのです。神様との人格的関係を深めたいと願う者
   にとって、心を定め、歩むべき方向を知るために聖書は必要なのです。