マタイによる福音書 3章


  マタイによる福音書3章はイエス様のいわゆる公生涯の始まりです。最も早い時期に成立したと考えられているマルコ福音書に誕生にまつわる記事はありません。ですから、マタイ3章がマルコ福音書の初めの部分にあたります。そして、イエス様の公の生涯は30歳のころからおおよそ1年から3年と言われていますから、マタイ福音書の2章と3章の間にはおおよそ30年の隔たりがあります。ルカ福音書では誕生と公生涯の間に12歳の時、過ぎ越し祭でのエルサレム神殿でのエピソードが一つ記されています。この公生涯にいたる記事を通してルカはイエス様の神性を示し、マタイではイエスこそ旧約の預言の成就であるということを示しています。もう一つのヨハネ福音書では、イエスの生涯に創造主なる神のメッセージが表れている、と言うことを哲学的な表現で示しています。

 公の生涯について、マタイ、マルコ、ルカはほとんど同じ構成になっています。同じ観点に立っていると言うことから『共観福音書』と呼ばれています。つまり、ヨハネだけが独自の構成、独自の観点で福音書を書いていると言われています。しかし、実際には構成面での共通点はあってもマタイ、マルコ、ルカもそれぞれ独自のメッセージを持っています。四つの福音書がえらばれている、しかも、どんなにわかりやすい矛盾点があってもそのままです。そうすることによって、イエス様の生涯とメッセージがより立体的に奥行きを持って理解される、そのように27冊の書物を新約聖書とした教会会議は考え、神様がそれをよしとされたたのではないか、私はそう思うのです。

 さて、前置きが長くなりましたが、マタイ3章はバプテスマのヨハネの記事で始まります。公生涯の初めにヨハネの記事が記されているのは4福音書に共通しています。それは、ヨハネとイエス様との関係が深かったことの証明だと言われます。イエス様は公の生涯を始める前に、ヨハネのもとで学んでいたのではないかという説もあります。当時、ローマの支配の中、ローマと妥協する祭司や強いエリート意識を持っていたファリサイ派の人々は決して多くの民衆の支持を得ていませんでした。そのような中、4節にあるような清廉な生活をし、権力を恐れない発言をしていたヨハネは多くの人々の支持を得ました。そして、ヨハネは預言者エリヤの再来として期待されていました。ここに記されているヨハネの服装、生活はエリヤの姿を彷彿とさせます。

 ヨハネはバプテスマに人々を招きました。本来バプテスマというのは異教徒がユダヤ教に入る際、それまでの汚れを清めることが目的でした。ところが、ヨハネはこのバプテスマをユダヤ人に授けたのです。そこには、9節にあるように神の民は血筋とは関係ないという主張がありました。また、8節で言っているように神の御心を行う人が、神の民であるとヨハネは考えていました。この記述はマルコにはありません。そして、ルカは特に富に関して潔白であるようにといっています。ですから、マタイはユダヤ人の民族意識へ警告メッセージを重視しているといえるでしょう。そして、ヨハネは自分自身が神格化されることを拒否しました。私の教えに従う人は、私ではなく神を見上げなければならない、とヨハネは思っていたのでしょう。

 このヨハネのもとにイエス様は訪れ、バプテスマを授けて欲しいとおっしゃったのです。しかし、それをヨハネは拒みました。なぜなら、この方こそ、私が道を備えて待っていた方だとヨハネは気づいたのです。けれどもイエス様は「正しいことを行うのはふさわしい」とおっしゃってバプテスマをお受けになりました。このやりとりはマタイに独特です。2章の記事にも共通しますが、神様の言葉を知っているだけでなくそれに応えて行うことの大切さをマタイは伝えたかったのでしょう。

 ところで、私たちバプテストは幼児洗礼を否定しました。神様のメッセージの応える人生を主体的に始めると自ら告白し、その第一歩としてバプテスマを受けます。ですから、このバプテストの信仰理解はマタイ3章のメッセージと合致しているといえるでしょう。