2008年 6月15日


イエス様の悲しみ
聖書 マルコによる福音書 3:1〜12

 聖書にある文書の中で一番新しいものは紀元120年ころ書かれたものだと考えられています。ですから私たちが生きている現代とは1900年ほどの時差があります。ところが、そのような時差を越えて聖書の言葉は私たちの心に迫ってきます。それは、人間というのは本質的に変わっていないからだと思います。科学に代表されるような文明というのは、私たち人間が生きるための道具です。文明や科学その物が人を幸せにするのではありません。人を思う心、命に対する畏敬の念と思いやり、人格の尊厳を認める心、それらがあるからこそ文明は人を幸せにします。しかし、それらが欠けてしまうと文明は命を奪ったり弄んだりしてしまいます。

 イエス様の働きの中で、癒しはとても大きな働きです。そして、イエス様の時代の病気で不治の病と思われていたものの中には現代の医学で治るものがありますし、改善される障害もあるでしょう。私がかつて出会ったカトリックのお医者さんで、とても合理的な考え方をされる方がいました。そのお医者さんは、イエス様の癒しの多くは医学的に説明がつくとおっしゃっていました。それは、奇跡を否定しようとされたのではありません。聖書に書かれていることは歴史的な事実に基づくものだ、ということをおっしゃりたかったのです。そして、その先生は奇跡があったか、無かったかということよりも、癒しをなさったときのイエス様の病人に対する態度、姿勢の中に学ぶことがあるとおっしゃっていました。それは、命に対する畏敬、そして、人格と人格の大切な出会いとして病人に向かい合う姿勢だと言われました。それは医学などの文明の発展と関係なく、人間にとって重要な普遍的な事柄だといえるでしょう。

 今日の聖書の箇所にもイエス様の癒しの出来事が記されています。それは、安息日に礼拝を守るために訪れた会堂の中での出来事でした。そこには、一人の手の不自由な人がいました。この時、まわりの人々はイエス様の行動を関心を持って見ていました。それは、安息日にイエス様は癒しをするかどうかということへの関心でした。イエス様と、イエス様を危険視する人たちとの緊張は高まっていました。特に、安息日について、「イエスは安息日を守らない」と言う批判を敵対する人たちは持っていました。イエス様は決して安息日を軽視してはいませんでした。それどころか、安息日の律法にこびりついている人間の考えや価値観を払い落として、律法の精神、言い換えれば神様の御心に立ち返るようにとおっしゃっていたのです。しかし、ファリサイ派や律法学者たちのプライドによって、彼らの考えと違うことを受け入れることができませんでした。そして、もし、イエス様のおっしゃっていることを認めてしまったなら、彼らが築いてきたものは崩れて行きます。

 そのような中で、彼らはイエス様が安息日に癒しをなさるかどうかという関心を持っていました。彼らの基準では、癒しは仕事です。それをすれば訴える口実になります。ですから、彼らはイエス様が癒しをなさることを期待していたのではないでしょうか。苦しんでいる人をイエス様は見捨てることはない、彼らはそのようなイエス様の心も知っていました。この手が不自由な人が苦しんでいることを彼らは知っていました。しかし、彼らはその人をイエスを訴える口実として利用しようとしていたのです。イエス様を訴えようとする人たちにとって、この人の人生などどうでもよいことだったのです。

 イエス様は会堂に入られたとき、きっと人々の不自然な視線を感じたことでしょう。そして、彼らの心のうちを見抜いたのです。イエス様は、この手の不自由な人に「真ん中に立ちなさい」とおっしゃいました。神様が最も目を注いでおられるのは、この人なのだ、そんなイエス様の声が聞こえて来るようです。そして、人々に問いかけました。「安息日に律法で許されているのは、善を行うことか、悪を行うことか。命を救うことか、殺すことか」と。この問いかけに人々は答えることはできませんでした。不作為の罪、という考え方があります。しなければいけないと分かっていて、それをしないことは罪になるということです。イエス様の問いかけは、この様な厳しさを持っていました。「悪をしなければ善、ではなく、善をしないことは罪なのだ」という厳しさです。人々は、それが分かっていましたから、答えることはできませんでした。良いことをするな、命を救うな、とはいえません。ここにファリサイ派や律法学者といったいわゆる律法主義者たち、の限界がありました。律法に従うことが積極的に良いことをすることではなく、消極的にしてはいけないことをしないということに陥ってしまったのです。愛する、ということはとても積極的ですし、意志を伴うことです。ですから、律法主義が愛から遠ざかるというのも当然なことでしょう。しかも、ここでもし口を開いて答えたなら、どちらにしても自分たちにとって不利になることでしょう。ですから、彼らは黙っていたのです。

 この様な人々の態度に対してイエス様は怒りを覚えられました。そして、その怒りは悲しみでもありました。自分を守ることに一生懸命で、目の前に苦しんでいる人がいるにもかかわらず何もしようとしない、それどころかそういう人を利用して自分にとって都合のよくない人を罪に落とし入れようとする。そのような意自己中心で思いやりの欠いた心、命への畏敬を失い、人格の持つ尊厳を無視する姿勢、イエス様はそんな人間の様を深く悲しまれたのです。そして、この手の不自由な人をお癒しになりました。

 この安息日の出来事の後、ファリサイ派の人々はヘロデ派の人々のもとにいきました。そして、そこでイエスさまを殺す相談を始めたのです。ヘロデ派というのは祭司や律法学者達の中でヘロデ王に近い人たちです。日頃、ファリサイ派の人たちとヘロデ派の人たちは信仰の姿勢の違いで互いに敵対していました。しかし、イエス様という敵が現れたとき、

彼らの利害は一致しました。彼らは信仰や信念よりも利害を選びました。

 イエス様に敵対する人たちの憎悪が増す中、しかし、救いを求める群集たちは変わること無くイエス様のもとに押し寄せました。ガリラヤばかりではなく、日頃ガリラヤの人々を見下しているユダヤ地方やエルサレムから、また、異邦人の地からもおびただしい群集がイエス様のもとに集まってきたのです。イエス様は押しつぶされないように船に乗って距離を置かなければならないほどでした。癒しを求める思い、苦しみから解放されたいという願い、それはどこの地方に住む人もどんな民族でも、言葉が違っても変わりありません。そして、イエス様は彼らの願いを受け止めてくださいました。

 この時、悪霊はイエス様に向かって「あなたは神の子だ」と叫びました。しかし、イエス様はその事を広めてはならないと厳しく戒められました。それは、まだ時が来ていなかったからです。人として、イエス様は地上の生涯を歩まれました。神の子としてでなく、人として共に苦しんだり悩んだりしてくださいました。一緒に悲しんでくださいました。そして、イエス様に敵対する人たちの姿にもイエス様は怒りとともに深い悲しみを覚えられていたのです。イエス様の怒りは、人を切り捨てる怒りではありません。分かってほしい、大切なことを忘れないで欲しいという切なる願いがそこにありました。

 人として私たちの世に来られたイエス様は、自己中心な他人の心に怒りを覚え、悲しみを抱きながらも、私たちの罪を贖うために、十字架への道を歩みつづけられたのです。


祈り

 主イエス・キリストの父なる神様、イエス様の復活を覚える主の日、教会へと呼び集められ、共に礼拝を捧げる恵みに感謝いたします。

 神様、あなたの御子イエス様は人として歩んでくださいました。人の罪に怒り、悲しみを覚えられたイエス様の心を私たちも受け止めることができますように。イエス様を悲しませてしまう私たちですが、あなたの憐れみの中で、少しでも御心にかなう歩みをしたいと願っています。どうか私たちを日々お導きください。

 この祈りと願い、主イエス・キリストの御名を通して御前にお捧げいたします。